そのうちやります。

そのうち更新したい。

3/25-31 だから僕は音楽を辞めた

まとめ

やはり本を読んでいったほうがいいし、本を読む友人をつくりたいと思う。

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新しく買ったメガネ

日記

  • 3月25日(月)―26日(火)

ぼやぼやとしながら一日を過ごした。

研究室関連のなんかが多少あったりして、まだ環境を去るm2に依存している研究室というのはどうなんだ、と思った。

  • 3月27日(水)

髪を切った。二カ月切っていなかったから大分さっぱりとした。

これまで、軽く梳いてくださいと頼んだ結果、スッカスカの髪の毛となっていた。

おそらく(髪が)軽く(なるように)梳いてください、と伝わっていたのかなあと思ったので、今回は全体的に重めで、と頼んだところ良い感じの毛量となった。

言葉の伝達というのはなかなかどうして難しいモンだな、と改めて思う。

  • 3月28日(木) 

午前は一冊本を読んだのち、模型の塗装をした。部屋が有機溶剤くさくなるのが難点。

午後は少し出歩き、喫茶店などを開拓しつつ*1本を読んだ。ゲームもした。

  • 3月29日(金)

朝、起床後PCが起動しなくなっていることに気が付く。

電源スイッチの接触不良によるものだったので対処は楽だったが、再発の可能性高しなのでなんらかのケアをしておかなければ。ついでにメモリも増設した。 

少し出かけて気になっていたブックカフェに足を運んだ。なかなか良かったので今後も利用していこう。

  • 3月30日(土)

都内某所にて、何回かお世話になっているフォロワー*2とoffline meetingを実施。

本を読み、いわゆるアタマが良いタイプの人なので久々に良い感じの話が出来たのかなと思った。

本の内容とかを適当に語れる知り合いが欲しいところだ。

  • 3月31日(日)

多分本を読む 。辻村作品全読は単行本で把握していなかった作品があり、達成することが出来なかった(ダサい)。

映像

ジオウ:やっぱ共闘系はアツイ。優勝

SAO#23:キリトが主人公っぽくなってきた

禁書#24:上条についてはちょいちょい考察を見かけているが不気味だ

かぐや様#11:ラーメン回

五等分#11-12:みんな可愛いと思います

あいのり:ついに終わった。でっぱりんが微妙に気に入らなかっただけに、アジアンジャーニーシリーズはあまり楽しめなかった気もする。

マイインターン:ふと見直したくなって見た。人生の教訓めいたものが詰め込まれた作品だなと思う。アンハサウェイもデニーロも好きだ。

ルルアのアトリエ

物語も終盤となってきたが、大分難易度がシビアになってきた印象。

アトリエ経験者だし適当に良特性つけた装備で固めておけば余裕だろうと高を括っていたのだが、その状態でも割と苦戦する場合がちらほら。 

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装備のつくりこみはまあ面倒ですわな

シロクマのことだけは考えるな!―人生が急にオモシロくなる心理術 (新潮文庫)

シロクマのことだけは考えるな!―人生が急にオモシロくなる心理術 (新潮文庫)

↑軽い文体でわかりやすく認知心理学を解説。心理学系でおすすめできる一冊

自己矛盾劇場 ―「知ってる・見えてる・正しいつもり」を考察する

自己矛盾劇場 ―「知ってる・見えてる・正しいつもり」を考察する

メタ認知出来ているという驕りを持った人向けの本。何も分からんということだけわかる。

鍵のない夢を見る (文春文庫)

鍵のない夢を見る (文春文庫)

辻村深月は女性心理を描くのに長けているなあとしみじみ*3

メタ思考トレーニング (PHPビジネス新書)
 

メタ認知の意識を芽生えさせるための手法を提示

ある男

ある男

↑気になっていた作品。個人(自分)を理解・把握するうえで考慮すべき要素が暗に示されていてよい。現在の個人を定義しているのは過去の経験なのか?それは未来の自分かもしれないし、現在の己かもしれない。著書『私とは何か』にも通ずる点有

朝が来る (文春文庫)

朝が来る (文春文庫)

特別養子縁組を題材とした話。家族の形、他者との関係性についてなかなか考えさせられる

太陽の坐る場所 (文春文庫)

太陽の坐る場所 (文春文庫)

 

↑登場人物が多くやや内容を把握するのに時間がかかったのと辻村深月にしては地の文がとっつきづらく、読むのに時間がかかった。過去に固執する人間の心の変遷、若しくは固執し続けることしかできない人間、そもそも固執していない人間の対比は読んでいて面白い。

EQ 2.0 (「心の知能指数」を高める66のテクニック)

EQ 2.0 (「心の知能指数」を高める66のテクニック)

↑EQの概念を把握、自身のEQ把握。

↑洗濯の勉強

↑ロシュフコーの箴言集の日本語訳。皮肉めいた口調で人の性に物申す。好きな内容だ。

水底フェスタ (文春文庫)

水底フェスタ (文春文庫)

 

↑現在読んでいるがなんとも言えない。

近況および考え

春休みが終わり、いよいよ来週から社会人なわけだが、まあ~研修の内容を見て非常にげんなりというか早くもモチベが低下している。

昨年の11月~12月くらいから、ようやく自分らしくなったというか、少しだけものの考え方が身についてきたかなあ、という実感が湧いてきた。少しだけ馬鹿じゃなくなったかなと思う。

ようやく0歳に到達できたというところだろうか。皮肉にも社会人スタートと(ほぼ)同時期である。適当に過ごしていきたい。仕事が良いヒマつぶしになるといいのだが。

  • 中身を好きになれれば外面も好きになれる。
    具体に親しみを覚えられれば、抽象もまた然り、ということかもしれない。
  • どうしても感情が思考のジャマになるときがある。
    頑張ってもどうせ強い奴が持って行ってしまうのではないか、みたいな。
  • 他人からのプレゼントみたいなもの、基本的にいらないなと思ってしまう。
    他人の好意が実態を帯びて襲い掛かってくる感覚に耐えられず、無性にもらったものを捨てたくなる。
    自分が愛を受け取るに値すると心で思えていない結果であろう。
  • 何かを得るというのは、何かを失うという側面があるということに気を付けなくてはいけない。
    人はよく個人の気質や性格を「型」にはめることで、自分自身が何者であるのか定義し(安心を得ようとし)ているが、この行為は自身の可能性を失っているようにも思える。
    自身の認知の幅を狭めるということ。

*1:地元の喫茶店をぶらついている

*2:カウントしてみたら5回もオフ会を実施していた。本当に頭が下がる

*3:僕は女性じゃないけど

EQ(Emotional Intelligence Quotient)を測定した話

昨今、話題となっているEQ*1の測定を行ってみた。

なんでもEQ―自身ないし他者の感情を把握・理解する能力―は、生涯年収や人生における成功*2と正の相関にあるらしい。

ちょいちょいEQという指標は見かけるし、パーソナリティ等に興味があったため、今回自分のEQを調べてみたわけである。

利用したもの
EQ 2.0 (「心の知能指数」を高める66のテクニック)

EQ 2.0 (「心の知能指数」を高める66のテクニック)

↑この本にEQテストを受験するためのパスコードが記載されている。

 

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EQテストはwebで受験可。30弱?程度の質問に答えるだけなのでお手軽

受験結果は上記画像のようになった。

EQは4つの能力から成り立っており、大別すると個人的能力と社会的能力の2つの能力で評価されているらしい。各能力の説明は↑の通り。

スコアはノルム値との比較で示されていて、max100として、大雑把なイメージは90以上が能力が非常に優れている、80以上がやや優れている、70以上がまあまあ、60以上がやや劣るので注意、59以下が改善すべき能力だよ、ということらしい。

感想

社会的能力が個人的能力に劣るというのは、僕のことだから評価するまでも明らかだろうなあと考えていたが、いくつかは「そうなんだ」と思わせる結果であった。

まずは個人的能力について、自己認識能力が思っていたよりかは低いスコアであった。

僕自身のパーソナリティだとか自身の感情が何を起因に生じているのかなど、日々考えていることもあってもう少し高めに出るかなあと予想していたのだが。

どうやら、この自己認識能力には自身の決定が他者に及ぼす影響を考慮する能力*3だとかも考慮されているらしい。

確かに自身の振る舞いを振り返ってみると、環境に対して独りよがりな行動をしてしまうことがちょいちょいあるなと思い至る。

反面、自己管理能力についてはまあまあ高いスコアが得られた。感情を抑圧しているという側面はあるが、淡々とやっている姿勢が現れた結果か。

 

反面、社会的能力はポンコツということらしい。

さんざ「高森は社会性がない」と言われているし、自身を俯瞰してみても一向に環境に馴染もうとしない姿勢が見えるので、概ね予想通りであった。

この低スコアの要因としては、一言でいえば「共感性がない」ということに尽きるらしい。

もっと他者の感情に寄り添ったり、他人に自分自身の情報を与えたり、そもそもとして他者に興味を持つことをしてみたらいかがか、ということを提案してくれている。

前に記述したが、スキゾイド性のパーソナリティ傾向を有する人にとっては、頭では理解しつつも感情がついてこず、これがまたなかなか難しいのだが...。

 

EQテストを受験したwebないし↑の書籍は、自身のEQと照らし合わせながらEQ向上に努めるための手法を参照できる構成となってくれている。

まあ、気が向いたら本書ないしwebを参照しつつEQの向上に努めていきたい。

EQ向上のための方策を頭の片隅に置きつつ日々を過ごし、半年か一年後くらいに再度テストを受けてみたい。

*1:Emotional intelligence quotient.心の知能指数とも

*2:広義すぎてなんとも。まあ素直に幸せと思いながら人生を過ごせる尺度のようなもの?

*3:他者からの見えをコントロールする能力、ともいえるのかもしれない

3/18-24 身体ん中巡る感情に支配されてんだ

まとめ

  • 小学生時ぶりにYUIを聞き始めている。当時では分からなかった曲の良さを味わっている(主には歌詞が指し示す対象
  • 過去のblog記事のほとんどを消した。
    一週間スタイルがまとまりとして良いのかなと感じたのと、間抜けな文字列が恥ずかしくてたまらなくなったから*1だ。

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日記

  • 3月18日(月)

大学へ移動し、各種証明書などの発行を行う。

誕生日ということだったが特別なことは特になく、ドラえもんの映画を観たりケーキ食べたりして一日を終えた。

  • 3月19日(火)

朝、ぼーっとしながら花粉症の症状が大分マシになってきたことを感じる。

研究室の最後の会みたいなものにも参加したが、まあ特に得るものはなくぼーっとしていた。

今日は発売を待っていた『ルルアのアトリエ』の発売日であったので、朝DLをしかけて一日中プレイしていた。 

  • 3月21日(木)

のろのろと寝てしまった一日であった。

靴の掃除、部屋の掃除を行った。冬物のコートとかをクリーニングに出すのを忘れてしまって若干げんなりした。

主には精神学系の本を読んでいて、学生生活の〆として自身のパーソナリティについてのろのろと考えていた。 

父親が有給をとって実家に帰ってきた。なんか卒業祝いをしてくれるらしい。

  • 3月22日(金)

朝からイチローの引退会見を見た。

ぼちぼち辻村深月の既刊すべてを読み終えることができそうだ。春休み開け迄を目標としている。

  • 3月23日(土)

父親の帰省に伴い、父・母・ぼくでランチへ出かけた。相も変わらずこの家族は会話という会話がなかったが、まあこういう時間も大事なんだろうなと思う。

  • 3月24日(日)

なんかする予定。

アニメ・ゲーム

ジオウ:ゲイツリバイヴの副作用思った以上に重くてワロタ

オリオンの刻印#21:はよ世界編がはじまってほしい

禁書#23:ぼちぼちフィアンマ戦ですわな

SAO#22:漏れも武装完全支配術(エンハンス・アーマメント)したいんだが

あいのり:でっぱりんの姿は駄々をこねている幼児のようにしか見えない

ルルアのアトリエ

なかなか良い。

アーランドシリーズと不思議シリーズの良いところをちゃんと引き継いでくれている印象。

のんびりとアトリエをやりたい自分にとっては日数制限が無いのが〇。

のびのびと探索から調合を楽しめていると思う。不思議シリーズに慣れ過ぎて特性引き継ぎの際pp増加系特性を考慮するのをよく忘れる。

音楽

せまる難題さえもユーモアに変えて笑い飛ばしたい

本日は大安なり (角川文庫)

本日は大安なり (角川文庫)

↑双子姉妹の組の話が好きだ

男性機能の「真実」

男性機能の「真実」

↑色々と参考になる記述が多く、自身の性生活を見つめなおす必要性が出てきた 

↑心理学のさわり 

愛が深まるセックス体位365

愛が深まるセックス体位365

↑ワロタ。芸術作品という感じ。

↑映画見て衝動買いした。

「想像力は未来、人々への思いやり、それを諦めたときに破壊が生まれる」
ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)

ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)

↑共感するところあり

↑エモい

サクラ咲く (光文社文庫)

サクラ咲く (光文社文庫)

↑青春じゃのう

対人距離がわからない (ちくま新書)

対人距離がわからない (ちくま新書)

↑愛着スタイルの勉強。シゾイド型のパーソナリティ特性がよく自分に当てはまる。

↑AS/ASDについて知識を得る

↑社会生活を送るにあたって困難を抱える人は読んでおくと参考になるのかなという一冊。

近況および考え

なんともいえない日常が続く。offline meetingがちょいちょいあるのが楽しみだ。

  • ”ふつう”の感性を持てなかったことに対してアイデンティティを感じると共に、やはりどこか虚しさのようなものを感じている。
    人からの好意、親切をそのままに受け取ったり、思い出を残そうとする働きかけに対してポジティブな感情を動機に協力したり。
  • 悩んでいる状態は好ましくない状況であるな、と思う。
    感情的であり、主観的に鹿物事を考えられていない状態であるし、知的好奇心を失っているともいえる。
  • 自由な時間が増えたことで、生きているな、という実感が生まれてきた。
    往々にしてなんらかの環境に翻弄されている時は、それが自分の時間と引き換えに起きていることであるという認識に欠ける。
    これからの長い生活において、こういった感覚を持てるような生活をデザインする必要がある。
    単純なことではあるが、この「生きている」実感が得られない際は現状について見直す必要がある。「生きている」状態では、見晴らしのいい丘に立っているように、自分の思考が明瞭で冴え渡っている感覚になる。
    セネカも「多忙な生活から離れ、本当の人生を生きなさい」と述べている。
  • 同族嫌悪、という言葉がある。その意味は知っての通りだろう。
    個人的に、他人に対して苛立つというのは、突き詰めてみれば他人そのものに対する怒りではなく、他人の行動(性格)を通じて、自分の認識(許容)できていない自分自身を鏡のように見てしまう、自分に対する怒りであると捉えている。
    そんなわけで、ネガティヴな感情の対象については一歩引いた目線で見つめなおした方がいいだろう、と思う*2
    最近、自分自身と気質の似たスキゾイド型の人間を見ても嫌気を覚えることはなく、むしろ親近感を抱くことに気が付いた。
    同族嫌悪の本質というのは、相手の中に認識できていない自身の性質をみること、またそれに伴う無意識下に生じる自身への攻撃性、ということなんだろうか。
  • 特に用事もなく喫茶店に行って、お互いが自由に個人のために時間を費やしつつ、気が向いたらポツポツとお互いについて話す。そんな距離感が理想だ*3

*1:とはいえ、当時の内面と現在のそれは大きく異なっていることを実感できたのは良いことだ

*2:他人に対して抱く憎しみから自分の潜在的な欲に気づくこともできる

*3:あくまで理想