そのうちやります。

毎日更新したい。

5/11 愛されることが出来ないみたいだ

まとめ

下校中にblog書く習慣をつけたい。

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日記

朝七時半に起きる。

リビングに行くと、涙を浮かべた母から13年飼っていた鳥が死んだことを告げられる。

言われた際には何も感じなかったのが本音と言えば本音であるが、いざ鳥の死体を見た際には少し感じるものがあった。

昨日まで弱々しい姿ながら懸命に?生きていたものが今やピクリとも動かない、生命力とでも言うべき何かが明らかに欠損している。

そんな姿を見ていると死が待つ意味、ひいては生きる意味とはみたいな疑問が浮かんでくるわけだが、きっもそんなもんは考えはじめてもしょうがないか*1

世の中の大多数の人間が私には関心がないのだから。

狭い世界のなかで一喜一憂する自分に対して虚しさを感じながら研究室へ。

 

今日の作業効率は正直最悪だった。

10まで終わらせるところをなんとか2終らせた(形だけ)というところ。

研究室の雰囲気が耐えかねるものであったし、なにより変なところで力を抜けない自分の気質の影響もある。

どうせ誰も興味がないであろう自分の発表について、なぜこうも力が抜けないんだろう。

結局他人からの見えを意識してしまっている自分が情けなく感じる。

贈り物文化に関して(飲酒している状態で書いているのでア!!!)

人に何かをもらったら何かを返さなければいけない、という空気感が嫌い過ぎる。

誕生日プレゼントの文化なんかがそれにあたる。

いらなくないですか?

プレゼントなぞ贈りたいやつだけ贈ればいいだけで、「贈らない」選択肢を採る人がマイナスの評価を受けるのが意味ワカメなんですよね。

許さんぞ。マジで。

この日本人の空気感というか、なかよく価値観の似た共同体を形成することを主目的とする雰囲気・意識が気に食わない。

まあなんだかんだそういう空気に逆らえず、プレゼントを購入している自分がいる(情けない)。

結局のところ自分を縛っているのは自分というところに帰着するか。

*1:意味も価値もないのかもしれない